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[080514]Melzouga
リッサニからグランタクシーで予約しておいたホテルへ。グランタクシーは6人乗りのタクシーを指す。なんてことはない。普通のセダンに前と後ろに3人ずつ詰め込んで走る乗り合いタクシーだ。ギュウギュウの車内だがモロッコでは非常に サハラ砂漠へ。

 村からすぐのところに大砂丘が見える。人が住める場所から歩いていける大砂丘がある場所は世界に他にないだろう。素晴らしい場所だ。建物もベルベル人の住居形式だ。初めて見る私にとっては印象深い形態である。歴史家いまは建築家として高名な藤森照信さんもベルベル式住居をモチーフに長野に守屋美術館(名前は再確認)を作っている。去年見学したあの形態はここから来ていたのかと一人で納得。建築家はいい意味で世界中からデザインを盗んでくる。実に参考になる。

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 この村には砂丘の他には何もない。昼間は暑く、何も出来る環境ではない。宿にいた日本人といろいろな話をする。この時期この場所にいるような日本人は実に旅行経験が豊富だ。私以外、全員首絞め強盗にあった経験のある方々だった。短期の観光の方に世界一周旅行をしていると話すと驚かれ、どうしても自分の話が多くなるが長期旅行者は実に話が早い。お互いの旅行で良かったところを語らい、お互いの行きたい旅行先リストが増えていく。旅のルートに関してもアドバイスをいただいた。感謝。

 旅行者と話していてやはりモロッコ人は疲れるという話をしていた。特に女性だとそうなのだと思う。声を掛けられて、少しでも返事をしてしまうと変な男にシツコク付きまとわれてしまうらしい。男性であれば、多少面倒でも挨拶し返せるが難しいのだろう。実際、私も物売りにしつこく付きまとわれると正直イライラするときもある。お金を1DHくれとイキナリいわれて断便利な交通手段であるということだ。電車もなく、バスも少ない南部地域では利用頻度は高くなるだろう。

ると子供に罵声を浴びせられることもある。そうやって心は擦れていく。けれど、挨拶を無視するような人間にはなりたくない。なんだかんだいってもモロッコは親日の国だ。(すくなくとも最初は)気持ちいい挨拶には笑顔で返し続けたい。

 夕方、歩いて大砂丘へ。実に美しい光景だった。

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いままで大砂丘はペルーのイカというところで見たことがあるだけだった(そこも良かったが規模が小さい)。サハラ砂漠は広大に広がっている。砂漠の風紋が旅情を掻き立てる。実に美しい風景だった。
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テーマ:海外、国内、一人旅 - ジャンル:旅行

[2008/05/14 20:41] |  -モロッコ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080513]Fez
 本日も旧市街を探索。今日は時間にも余裕があったため、いくつもの建物の内部を見学する。建物を見る=店舗を覗くということになるので、いろいろなお土産品(おもに絨毯)を売りつけられる。ミントティーをいただきつつも猛烈なセールスを笑顔で回避するのも大変だ。実際に土産ものは良いものが多い。値段も交渉せずとも勝手に安くなっていく。ガイドと一緒にいると店はガイドにマージンを支払う必要があるため、一人の私には納得できる金額を提示してくれる。いいかなと思う品もあるのだが自分の家で利用するイメージが見つからない。買わないで出るのは大分疲れるが、いろいろなタイプの建物を見学することができた。
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 モロッコの旧市街には猫が多くいる。ただ子猫の数が成猫(大人猫)より圧倒的に多いのは何を意味するのか。若干怖い想像をしてしまう。成犬が多かったチリの真逆である。

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 夕方になるとどこからともなく広場に人が集まってくる。のんびりと広場の大道芸や叩き売りに人が集まる。人だかりに集まるのは皆男性だ。西洋化しているとはいえ、モロッコはやはりイスラム圏の国なのだ。大道芸はなかなか芸をせず、叩き売りも言葉がわからない私にとってはさっぱり面白くない。いや、私でなくても本当に面白いと思っているのだろうか。やはり暇な国なんだろうと感じてしまう。

サイコロを出目にお金を掛ける即席カジノのようなものもあるが、広場で出来るゲームも良く分からないものが多い。その中にコーラのビン釣りというものがある。釣竿にドーナツ状のワッカをつけてコーラビンに嵌めるというゲームだ。時間内にはめれば懸賞金がでると後で聞いたが、ちっとも楽しそうではないゲームだった。

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フェズでは本当に歩き続けた。正直なところ都市と人に大分疲れた。今度は自然を謳歌しにサハラ砂漠を見に行く。夜行でリッサニへ。

※フェズにて日本のクルーが撮影をしていました。テレビ朝日系列土曜日朝8時からやっている「旅サラダ」という番組らしいです。6月にモロッコを放映予定だそうです。興味のある人は是非。
[2008/05/13 20:30] |  -モロッコ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080512]Meknes→Fes
 列車でメクネスから50分程でフェズに着く。旧市街のフェズ・エル・バリは1000年の歴史を持つモロッコで一番古い都市である。この旧市街(メディナ)は「世界最大の迷宮」と呼ばれている。

 メディナに入ると狭く曲がりくねった道に商店がギュウギュウにならぶスーク(商店街)となっている。メイン通りでも幅員2mもないところもある。道案内もない、あっても通りの名前もアラビア文字でさっぱり読めない。観光用の地図は全く役に立たない。そのため、私は雇わなかったが多くの観光客はガイドを雇うことになる。


頑張ってメインの通りはなんとか理解できる。しかし、興味の赴くまま横道に入るとどこかで行き止まりとなっていて戻るハメになる。メイン通りからの横道は復員60cmしかないものもある。この細い通りにも住宅の玄関がいくつも接道しているのだから恐れいる。また通りの頭上には建物が増築されて空を遮っている。時間のあるときにgoogle earthで上空から見てみたい。1000年変わらない街並みだ。

この細い街並みでは車もバイクも通れない。荷物を運ぶには昔も今もロバが主要な運搬手段だ。

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 この世界最大の迷宮に挑んであちこち歩いた。アップダウンもあることに加え、行き止まり、人やロバとすれ違い、あちこちから飛んでくる日本語への対応などで本当に疲れる。3時間も歩くとぐったりしてしまう。広場や公園などの休むところがないのだ。しかし、現地人だったらそうは困らないだろう。モスクがあるからだ。メディナには800ものモスクがあるという。この静かで絨毯が敷かれている空間で好きに寛げるのだから公園など必要ないはずだ。観光客はお金を払ってうえで旧神学校のパティオの見学ぐらいしか出来ない。モスクの形態の意味をまざまざと思い知らされた。


 世界最大の迷宮で本当に迷った。タンジェ、メクネスと歩いたが、フェズのメディナはもっともっと広い。出発点に戻ろうとして、一度本気で迷ってしまった。方向感覚は悪くはないはずなのだが、行きたい方向に道がない。そして曲がりくねって歩かされているうちに、方向を見失ってしまう。建物が高く、道が狭いメディナ内では太陽がどちらにあるのかさえ分からない。
 
 夕方、高台から街を眺めてみた。密度の高い街並みだ。ところどころにミナレット(モスクの塔)が見える。高台に上ると見えるのに街の中では殆んど見ることが叶わないランドマークである。高台から街を眺めても誰一人としてみることは叶わない。この街に何十万人もの人間が蠢いているのは不思議な感じだ。

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 この街に来た目的の一つがタンネリと呼ばれるなめし革染色職人街に行くことであった。色とりどりの円い染色桶の写真を見たときにいつか行ってみたいと思っていた。例によって若干の見学料を支払わねばならなかったが、実に強烈な場所であった。私の腕では写真にこの色が写しきれているか分からないが、その色と形態が強烈な臭いと共に強く記憶に残っている。

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 人間が得る情報は90%近く視覚情報によるという。(だったと思う)ただ記憶される情報に関しては50%もないのではないかと思う。残りの50%以上は臭いであったり、音であったり、体全体で感じた空気だ。これこそ記憶に強く刻まれる。そして、それと似たものを再び得たときに一瞬のうちに記憶が呼び起こされる。視覚情報を写真は残すが他の感覚を置き去りにしてしまう。(以前にも記載したが)スケッチするのは視覚情報をより強く印象付けつつ、体全体で記憶する儀式なのだと私は思う。

 人と歩行に疲れてぐっすり就寝。
[2008/05/12 23:03] |  -モロッコ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080511]Meknes
 イスラムの朝は早い。(※スペインから-2時間だから当たり前かもしれないが。)
朝から祈りの時間を知らせる声がミナレットから鳴り響く。のんびりしたスペイン人の朝とはずいぶんと違うようだ。イスラムの人々は(理論的には)規則正しい。そのようにイスラム戒律に定められているからだ。
 無学のためイスラムが何たるかを説明できない。しかし、イスラム教は生活習慣の集合ないし、生活の規範を示したものと私なりに理解している。イスラム教は発生時のその時代、砂漠地帯の環境化でコミュニティに必要な規範を示している。イスラム教の規範は生活隅々に渡る。朝の祈りの時間も暑くなる前に早起きしなさいということなのかもしれない。

他にもフェミニストの方々はイスラム女性が顔を隠すのは、女性への冒涜だと主張する。しかし、顔を隠すのは乾燥した空気から口の周りの湿気を保つためでもある。一夫多妻制も戦争の多かった時代に未亡人となった女性を養うためにも必要な制度であったとも言える。また、アラブの女性は美しいので顔を出したままだと、男は仕事が手につかないのかもしれない。


住宅や都市の作り方においてもイスラム教は強く反映している。例えばモスクの広い中庭はギュウギュウに詰め込まれたメディナの憩いのオアシスになっている。細かい彫刻が施された窓は顔を出せない女性が家にいながら外部を覗けるように設計されたものだ。列柱立ち並ぶ薄暗い礼拝所も砂漠と太陽から身を守るためにある。宗教と都市骨格、今私が立っている風土を感じながらなぜ生まれたのかといろいろと思い浮かべる。歴史的な事実ではなく、人間が無意識に影響されて出来た形態の意味を考えてみる。


 メクネスはモロッコの古都に当たる。タンジェからバスで5時間、フェズまで1時間の距離にある。標高が500mを越える位置にあり若干寒い。朝は手袋が欲しくなるくらいだ。アフリカは暑いだろうと単純に考えていたのでギャップに驚いてしまう。寒いため現地のおじさん達も魔法使いのようなフードをして杖を持って歩いている。この魔法使いコートは温かいのだろう。車窓から見つけた羊飼いの人々も魔法使いの格好をしていた。

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 かつての穀物倉庫(Heri)を見学。今はガランドウの空間があるだけだ。ただ、現代では決して作られることのない原始的な形態はデザインとは何かを考えさせてくれる。形態が人に与えるインパクトというもの教えてくれる。様々な場所を測量しながら、空間の大きさと体感を頭と体に染み込ませた。(※染み込ませようと努力した。)
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 モロッコにはカフェは異常な数があり、いつも男共で一杯だ。何をしているのだか分からないが道を眺めている人ばかりだ。一方でレストランは少ない。あっても人はほとんど入っていない。というか、モロッコ人が食事を食べているところを見ることがない。モロッコ人は一体いつ食事をとっているのだろうか。ないし、レストランを使わないのだろうか。イスラム圏では女性は活動的に外に出るわけではないので、男性は食事の時は家を大事にしようというのだろうか。


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 スケッチは夕食時に描いたもの。土鍋で作った煮込みがモロッコの一般料理Tajine(タジン)


 それにしてもメディナ内は本当に迷路のようだ。方向感覚は悪いほうではないはずなのだが、どこをどう歩いているのだかさっぱり分からなくなる。同じような道幅が永遠と続き、曲がりくねり、最後は行き止まりだったりする。明日に行くフェズは世界最大の迷宮都市だ。一日中迷ってみるとしよう。

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[2008/05/11 22:51] |  -モロッコ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
[080510]Algeciras→Tanger→Meknes
 アルヘシラスからジブラルタル海峡を越えてモロッコのタンジェへ。フェリーで2時間半の距離には別世界が広がっている。海を挟んでスペインとは言葉も文化も人種も服装も全て変わる。

 モロッコの公用語はモロッコ語(アラビア語)とフランス語だ。モロッコ語は数え方が英語やラテン語とまったく違う。文字は蛇のような形態で理解できるわけがない。挨拶も簡単なものしか覚えきれないだろう。モロッコを旅するのに本当はモロッコ語を覚えなくてはならない。それにモロッコ語はほぼアラビア語と同一なので全イスラム圏で使えるので覚える価値は高い。
しかし、私は近々フランスに行くことになるのでフランス語を予習しておいたほうがいいだろうということもある。ともかくフランス語を覚えるほうが私には楽なのだ。


 実はフランス語を高校大学と5年勉強していた。が、完璧に忘れてしまった。高校生の私はフランス語をそれはそれは熱心に勉強したのだが、結局さっぱりだった。勉強した5年間を返して欲しい。
以前フランスを訪れたときにフランス語で話しかけても、パリジェンヌ達からの返答は全て英語だった。フランス語のあの鼻を抜けるような音が僕には出せない。特に風邪気味で鼻が詰まっている今の私にとっては無茶難題。いや、不可能なことだ。フランス人が風邪を引いてもフランス語は喋れるのだろうか。私はそれには懐疑的だ。


 フランス語への愚痴はまだある。数の数え方が気に食わない。なぜ80をキャトルバン(20×4)と数えるのか。10進法を使って欲しいと思う。私はなんと間抜けな言語なのだと思っていた。
しかし、フランス人はとても頭が良かったとも言えなくもない。かつてミクロネシアの原住民は5までしか数えられず、それ以降はただ「いっぱい」と表現していたらしい。それに対して西洋人は10だった。つまり、原始人は片手の指の数、西洋人は両手の数が数えられた。それに対してフランス人は両手と両足を全て使って20と数えているのだから頭の良い人種だったのかもしれないということだ。ただ、現代でもその慣習を残す必要はなかったと私は思う。 



 5年も勉強してフランス語は全くといっていいほど使い物にならなかった。こんなことは他の国の人でも経験があるのではないだろうか。特に日本円が強かったときオーストラリア人は小学生のとき日本語が必修だった。友達には日本語をマスターして日本に住んでいるオージーもいるが、ほとんどのオーストラリア人は日本語を学んで役に立たなかったと不満に思っているだろう。学生に何語を学ばせるかは国策にも繋がる。私の母校は今でも大して役にたたないフランス語を教えているのだろうか。(あくまで劣等生だった私の場合です。マスターしていればフランス語はアフリカなどでも大活躍のはず)

 

 タンジェに着く。すぐに抜ける予定だったがちょうど良いバスがなかった。そのため4時間ほどの待ち時間でタンジェのメディナ(旧城郭内)を探索。ガイドブックには悪質の自称ガイドはずいぶん減ったと書いてあったが、来るは来るは自称ガイドが。ヨーロッパでは、声を掛けてくる人は少ない。タンジェではあちらこちらから「コンニチワ」「サヨナラ」「チーノ」「ジャッキチェン」「ブルースリ」の声を掛けられる。久しぶりにこの間隔を味わう。第三カ国、特に中東ではこれが多い。中米よりもこの攻撃は多い。全国民によるすれ違いざまの一言攻撃だ。「チーノ」は違うよと否定する。かつてはジェッキー・チェンとブルース・リーも日本人ではないと否定していた。しかし、二人はカッコいい映画スターであり、わざわざ否定することもないかなと今では思っている。中東人にとって日本は「ジャッキーチェンとブルース・リー」、「トヨタとホンダ」、「サムライとニンジャ」がいる素晴らしい国なのだ。それでいいのだ。

 この攻撃というかチョッカイは別に印象悪い事だけではない。一言すれ違いざまに

「WELCOME To Africa!! Japanese welcome!!」

なんて言われると気分は悪くないものだ。そんな歓迎の言葉を見知らぬ旅人に掛けてくれる国がこの世界にどれほどあるだろうか。



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メディナ内は幅員1.8mほどの路地が続く迷宮だ。日本では建築は全て4m以上の道路に接しなければならないという法律がある。日本では下町でも一生懸命4m道路を作っているが、世界にはこんな街並みもあるのだ。火事も地震もあまりない国だから出来ることとは言え、一律道路幅ではない街並みのつくり方もあるのではないか。またメディナの細い路地は外敵からの侵略を防ぐためや、密度を高めて日陰を作りだすための機能性も持つ。所変わればなんとやらだ。おばさんには坂道もあって日常の買い物は大変かもしれない。しかし助け合いの精神と身近にあるスーク(商店街)でなんとかなる。




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スケッチは迷路のようなメディナ内にて。隣にはスケッチの間中ペンをせがむ子供がいて、落ち着いてスケッチなどできない環境だった。

 イスラム圏に来ると今までのようにビールが飲めなくなる。イスラム教は禁酒が基本だからだ。これからはお茶とコーラの日々になるだろう。モロッコのお茶はシューナナというミントティーが基本になる。甘くて香ばしくて旨い。こちらでは薬とも言える健康的な飲み物である。

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 もちろんビールが存在しないわけではない。夜、外からは見えないように幕が張られたバーでビールを飲むことが出来る。タンジェの次の目的地のメクネスではお酒に寛容な街だった。
モロッコ現地音楽と喧騒の中、皆楽しくビールを飲んでいた。ただし、通常のご法度品だけあって他の物価に比べ高価であった。
[2008/05/10 03:40] |  -モロッコ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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