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北京-13「北京公共交通事情」

 北京では2007年に1本、2008年に2本地下鉄が開通し、2009年に2本開通予定だ。2002年以前にはたった2本しかなかったのに今では10本になっている。日本で言うと銀座線と丸の内線しかなかったのが、毎年一つずつ日比谷線やら東西線が出来たようなもの。地上路線や相互乗り換えなど日本は特有な事情もある。しかし、その本数は営団地下鉄9本+都営地下鉄で北京と変わらなくなってしまった。要は北京の地下鉄はそれぐらい急ピッチに造られた。
 この背景には北京の急激な都市化がある。人が多く移動するようになったのだ。そして車社会化が一気に加速した。2000年には158万台であった車は2005年で258万台に急増した。5年間で100万台増えた。
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北京の交通網

 これに政府も迅速に対応している。現在でも北京市内では1日18503台のバスが593路線を走っている。当局は2010年までに公共交通機関の利用率を全移動の40%まで引き上げる計画を打ち出している。

 一方、以前述べたように北京は通常の歩行できる街からどんどん遠ざかっている。北京には十分自転車が復権できる都市骨格をもつ。交通政策の問題は結局住居政策に行き着く。北京中心地の地価を高騰させずに職住一体の都市を目指せるか、これは一つ鍵であると思う。

ちなみに東京都では1997年より自家用車は減少している。世帯あたり0.5台。所有していても利用している人はもっと少ないはずだ。改めて東京の公共交通がいかに優れているか感じさせてくれる。

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北京の骨格がよくわかる。

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[2009/02/10 23:00] | -北京 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
北京-12「CCTV炎上」
 2009年2月10日現在。このビルの隣のビルが燃えてしまった。
 竣工間近に撮った貴重な写真。隣のビルもOMA設計だが、こちらの本体が燃えなくて不幸中の幸い。(当初こちらのビルが燃えたのかと勘違いして仰天しました)
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(下方より)


[2009/02/10 22:59] | -北京 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
北京-11「三屯里」
 三屯里は元々軍の舎がある地域だった。今では道には外国人向けのバーが並び、夜は通りがきらびやかになる。このエリアには現代文化を象徴するようにコーヒー屋さん(いわゆるカフェ)が多く、北京に出店するコーヒー屋さんの30%が集まっているとすら思われる。旧表参道同潤会のように古い集合住宅の一階を改修したコーヒー屋さんが多く見られた。
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 労働体育館の通りに面した場所には新しい商業施設(新三屯里ショッピングセンター)が出来た。
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様々なブランドが入り新たな建築形態が表現されつつある。日本では十年かかる作業が、中国では一足飛びに実現されていく。若手建築家にも建築デザインを任せ、富裕層の資本がそれを支える。日本はこのままでは最新建築形態の分野でも世界に遅れをとっていくのではと心配してしまう。近年傾向は薄れてきたが、日本は形態デザインから表層デザインへの道を進んでいる。

 新三屯里の空間の大部分が3・4層と横に広がり、構成が入り組んでいる。いいデザインだと思う。しかし、デベロッパーとしての賃料を考えるならば変更しにくいプランニングであり、ネット率(全体床面積に対する賃し床面積)が低い。廊下が容積対象面積に換算される日本の商業施設では難しい。
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 新三屯里ショッピングエリアが成功したのかこのエリアはまだまだ開発が進んでおり、今後が楽しみな地域だ。



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 この地区にあった超高級ホテルのトイレ。いいトイレだった

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[2009/02/10 22:57] | -北京 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
北京-10「中国女性はきれいになった」
 国が変わる。時代とともに変わる。グローバル経済の中いろいろなものが流入してくる。一番始めに変わるのは女性だ。女性の服装や化粧、髪型が常に世界を先取りする。そのあとにゆっくりと男の服装が代わり、お店が変わり、建築が変わり、最後に都市が変わっていく。都市が変わって「変化の一巡」が終わる。
 そして街並ないし都市の骨格が変わったとき、変化は固定されて、何かを失っている事に気付くのだ。
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地下鉄にて北京おじさんを盗み描く

[2009/02/08 22:34] | -北京 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
北京-9「オリンピックの残骸」

 北京オリンピックは事業も出来た広場も巨大な規模だった。それに向けてのエネルギーは正に国家総力結集といってよかった。オリンピック公園は北京の南北軸に延長するように作られた。この広大な公園内にヘルツウォーク&ドムーロンのオリンピックスタジアムや水泳場などが配置されている。
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しかし、イベントが終わった今、この公園は広大過ぎる。歩道も広過ぎるし、人が滞在する場所としては間が延びすぎている。かといって天安門広場や建国路のようなパレードは想定していないだろう。オリンピックの開催時や観光客が訪れる今はまだいいが、5年後以降はいったいどうなるのか。閑散とした場となってしまうおそれがある。
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 万博がそうであるように、オリンピックは開催後まで含めて計画する必要が有る。例えばオリンピック選手村は開催後売却できるように通常のマンションと同じ仕様でつくられる。北京オリンピックでも同様に高級マンション団地としてつくられた。問題は間延びした伸びすぎた公園をどうやって都市に馴染ませていくか。都市の身体の一部になるように埋没させていくか、何かしらの操作が必要なように思える。このオリンピック公園のマスタープランを作ったのは世界的な都市計画・ランドスケープのネットワークをもつEDAWである。非常に能力のある会社なのでオリンピック後を考えていたのであろうが、中国当局との関係から計画しきれていないのではないか。当局はもしかしたら偉大な功績としてこのまま残そうとするのではないかと少々心配になる。日本のオリンピック会場といえば代々木公園。原宿と渋谷に近い事もあり長い年月と共に都市に埋没して来たとはいえないだろうか。今では落ち着いた広場になっている。あれぐらいがいい。


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聖火台型のホテル。

 2016年、もしかしたら日本でオリンピックが開催されるかもしれない。
そうなれば有明には選手村がつくられる。デベロッパーも虎子眈々と狙っているはずだ。巨大一体開発になる計画は個々のデベロッパーで取り組むのではなく、マスタープランの下できっちりなされなければオリンピック後の環境が住民生活仕様にならない。熟考を期待したい。

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[2009/02/08 22:29] | -北京 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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